これからの期待
身体が不自由で思い通りに動かない。
周りの人を羨ましく思う。だけど日々の積み重ねはかなり大きくて、少しずつではあるけど良くなっている。
進展がなくて気持ちが沈む日もある。
でも今は、この先 「いかにして回復していくのだろう(^_^)❔」と期待を持っている。あぁ、楽しみ🎵😃💕
桜と仏頂面
近所に、桜の名所と呼ばれる所がある。
さすがに人混みを歩けないので、満開の様子は車窓から眺めるだけだ。
それでも満足。今年は良い天気が続き、散る前の桜が十分楽しめた。
身体が不自由だと、良い天気でも、桜が美しくても、心から楽しめることはない。健康あっての幸せを身を持って考えるのは、こんな時だ。
名所は歩けないので、小さな川沿いの、それでも立派に咲いている桜の木の下に連れて行ってもらった。
風を感じる。花弁が舞う。日射しがまぶしい。綺麗だなー(^.^)(身体はしんどいけど。)
桜を見せてあげたい、その気持ちがありがたかった。感謝です。わがまま言うと、だんご🍡もあったらなお良かった!この日の事は忘れまい。
無理した格好で眺めていると、デジカメを持って自転車に乗って見に来ている人がいた。写真を撮るのが目的なのか、撮るだけ撮ると去って行った。
続いて高校生位の息子二人を連れた家族。花粉症なのか(違うだろう)マスクを付け、親子四人がむすっとして歩いて行く。そんな年頃なのかケンカでもした後なのか。「ほっといてくれ!」と言われそうだが、寂しい気持ちになった。歩いたり自分の意思で動けるのに、そんな仏頂面はないだろう…。
歩ける人が心底羨ましい。でもこんな仏頂面で現れる位なら、羨ましくないかもと、初めて思ってしまった。
身体の動き
腕を伸ばす。肩甲骨が動く。
イメージすると動きが出てくる。
穴を掘って埋めて、また掘っている、そんな感じの毎日。少しずつ進歩している。
確実に情報発信できるようになるまでは、備忘録としてブログを書く。
いつか、同じく困っている人へのヒントとなってほしい。
○○の為になっている?
かねてより疑問があった。
被災地の特産品を購入して支援します
という行為。
なにも影響がなかった、商品が美しく陳列されたデパートで、少しでも力になりたい と発言する。
違和感半端ない。
果たして本当に力になるのであろうか。
被災地の生産者にとっては力になっているのであれば良いのだが。偏った意見であると認識している。
生きることに困難を強いられている方にとっても力になるのだろうか。
身体を壊し、リハビリを余儀なくされている現在、新しい薬の開発が待たれている。
期待を込めて、また、少しでも情報を得たいと、開発する会社の株主となった。
情報については満足するほどのものは得られていない。それどころか、問い合わせて絶望的な心境にもなった。
他の株主は、
会社を応援している
患者のために株を買う
と意見する。
株主が患者のためになんてなっていませんから!
どう考えればこんな事が言えるのだろう⁉分からない。 怒りすら覚える。
病気になったのは不摂生でも自業自得でもない。
治せないのに医療従事者と名乗る人。分かってもいないのに知ったかぶりする人。株主なんて。
ずっとこんな思いに囚われていた。
今は薬を待つより、目の前のリハビリをどう攻略していくかを楽しみにすごしている。
と同時に、1人の株主が喚き立てたところで無力なものである。声を拾う場は何処だろう?探している。
足がない!手もない?
「目をつむると足がない。」
この状態は随分と改善してきました。
足首と膝の間のふくらはぎが目をつむるとわからなかったのですが、今は肉感と動いている感じがわかります。
触ったりさすったり。痺れと格闘しながら、地味な訓練でした。
ようやく、手の感覚へ。
肘から指まで、ふくらはぎのように腕が消えることなくわかります。「よかった…」と思うも束の間で、つつつーと指先まで擦られると第一関節あたりがすっぽり消えます。「あちゃー(>_<)」です。
足の様に地味な訓練の始まりだー。